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 麒麟の翼

日本の映画で、ドラマ化されたものやリメイクされたもの(いわゆる劇場版)とか、○○刑事シリーズとかを今までほとんど観たことはなかった。というか、意識的に避けていた。例えば『夜の大捜査線』シリーズとかいうのも観ない。なんか。ドラマって見続けないと相関が判らなくなったりするし、何とかシリーズも途中が抜けると中途半端になる。そういう気持ち悪さを味わいたくないので、見続ける義務感が発生する。あー、それが負担なんですね。だから観ない方針。誰々原作で売り出されるのもやだな。まずは小説でしょうがと思ってしまう。随分と卑屈な人間かもしれない。

じゃあ、この『麒麟の翼』は、なぜ観たかというと、エンド・クレジットでも出てきたが、学校と病院のシーンが地元の中学校、高校、公立病院で撮影されていること、ハイムさんが出ていること、映画自体が妙に評判がいいこと、子供の送迎の間に観られる映画が時間的にこの一本だったことというなど、あまり積極的な理由ではない。まあ、そういう出会いがあったというだけかも。

そんなことはどうでもいい。シリーズ物であるということで、取り敢えずリレーショナルな部分を確認しておこうと、事前にネットで加賀恭一郎シリーズの概要とこの映画の導入部のストーリの確認をしておき、映画に臨んだ。

まずは、単純な感想として、実に良かったと言える。最近、涙もろくなったと思うが、今回もウルウルと涙してしまった。最後の追い込みが凄い。参ったですよ。ちょうど、重松清著『流星ワゴン』を読んでいるのも偶然か。父子の関係の真実は・・・みたいな。

予想どおりというか期待以上にハイムさんが素晴らしかった。今までジョージ・クルーニーを目標としていたが、これからは阿部寛も意識することにしよう(アホか)。いや格好いいねえ、ああなりたい。極寒の中、スクーターで通勤している田舎のチビ・サラリーマンじゃあ、所詮、無理であろうが。

新垣結衣もいい。ヲレは、俳優、芸能人など知識ゼロに近いが、この女優、良かった。覚えておこう。ミスキャストは、劇団ひとり。もっとしっかり演技できる俳優はいくらでもいるだろうが。

展開的には、ドラマを観ていなくてもそれほど問題は無いが、なんなんだという箇所はいくつかある。いきなり三周忌の話が出てきたり、バイトをしている記者が出てきたりして、脈略がなく話が始まったりする。この人、誰?って感じで。省略する方法を考えた方が作品としては完成度が高くなるのではと思う。その他、若干矛盾点がないでもないが、ネタバレになるのでやめておく。

ということで、総論として、やっぱり東野圭吾の原作の勝利だろう。本当に巧くできていると感心する。こうなると、東野圭吾の加賀恭一郎シリーズを最初から読みたくなる。ああ、こうして貴重な時間を失っていくのだろうな。日本橋の麒麟の像を見てみたい(←多分、観た人、みんなそう思う)