兵隊たちの陸軍史

伊藤桂一は、この本のほかに『かかる軍人ありき』を持っている。この方、『蛍の河』で直木賞もとっているのだけれども、いまどき日中戦争以降の兵隊生活をこれだけ詳しく書ける人はいないだろう。詳しいというのは単なる知識ということではなく、体験に基づくもので、後世に勝手に創られた印象でも噂でもない生々しいものだ。

兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)

兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)

先の大戦でさえも、それを語れる方が減ってきている。どこかでしっかりと記録を残していく努力をしなければ単なる過去の出来事として忘れ去られてしまうかもしれない。

昨年末に亡くしたヲレの親父も戦争体験者だが、もうその話しも聞くことができない。小学校の遠足中、グラマン(という言い方をした。正確には艦上戦闘機で「ヘルキャット」のこと)の機銃掃射を受け、同級生たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い、数人をその時失ったという体験を語ったことを思い出した。

お袋(生存中)も、浜松大空襲を体験している。空襲警報で家の裏の防空壕に逃げこんたのだが、空襲が終わって外に出てみたら空爆や焼夷弾などで自宅がなくなっていたという。これがトラウマになって、平和な時代になってからも火事などを見て意識を失うことがあった。

今では考えられない体験だ。こうなると『兵士たちの陸軍史』のような本の価値は計り知れない。しかも、飾らず気負わずの生の記録だからことさら貴重である。

本書を開くことは、後世の義務である。

帯に書かれている浅田次郎の言葉が印象的だ。