知的生産の技術、GTD、ライフハック

何度も繰り返すが、ヲレが死んだときの棺には梅棹忠夫著『知的生産の技術』入れてもらいたいと家族には伝えてある。1969年が初版だ。

この本から学んだものは、手帳、カード、整理と整頓、データの規格化、日記と記録など、キーワードだけでもたくさん出てくる。原理原則としては、ここで得た知識は今でも通用すると思っているし、ヲレの仕事や生活スタイルもこれら原理原則が根底にある。

発刊からすでに40年近くも経過しているが、この間、梅棹忠夫が解決できなかった手書きから画一した文字データによる整理は、かなもじタイプライターからワープロ専用機、パソコンなどにより実現している。この点をとってだけでも、なんてすばらしい世の中なんだと思わざるを得ない。

ところが、このような訓練、そんな大げさでなくて思考とでも言うのか、そういった意識を持たずにきている人が世の中には多々いる。残念ながらヲレの周りにいる多くの人たちもだ。ただ、その人たちが劣っているというわけではない。みな優れているのだが、完了に至る思考経路が違うし、結果としての完成度とか費用対効果などをみてみれば、必ずしもどちらの方が優勢とかの判断は分かれるところである。

でだ。そんな化石のような論理思考で進歩がなかったヲレであるが、最近よく見させて頂いている akizukid さんのサイト「シリアル・ポップな日々」で"GTD"とか"ライフハック"とかいう単語にちょっと刺激され、これ少し研究してみようかななんて思っている。まだ、感想を述べるほどの知識もなにもない。正直言ってなんだかわからない。ただし、少なくともヲレの体質には合いそうだということは感じていることだけは間違いない。さて、どうなることか。