JR福知山線脱線事故

いろいろな報道がされている。

  • 事故車両に乗車していた職員がけが人などを救助活動せず勤務地に向かう。
  • 事故当日、ボーリング大会を開催。

こんな事がぼろぼろ出てきて、そのたびに役員が頭を下げる。
救助活動をせず勤務地に向かったJR職員は、現場から何度も上司に連絡をしている。これについて、先日、ある女性コメンテーター?が次のように言っていた。

救助活動もせず現場からまず上司に連絡をすることが、今のJRの体質を顕著に表している。自分で考えて行動できないJR職員、上司から指示されたことしか従わないことが問題だ。

んっ?何か疑問。そうだろうか。
この職員はまず事故を上司に携帯電話で状況報告した。これは決して間違っていない。組織で行動している以上、問題が発生すれば上司に連絡するのは義務であり、勝手に単独行動をすることがいいとは思えない。非常時であればこそ上司に連絡をしたのである。連絡をしなければ行方不明である。問題は上司の「直ぐ戻りなさい」という指示である。論外の指示だ。
今回の事故の原因は、JRの体質にあるという世間一般の見方のようだ。けれども、この女性コメンテーターのような弱っている者をこれでもかと突っつき回すような世の中の体質が問題なのではないか。
赤字だ何をしているJR、2分遅れた責任取れJR、ホームのアナウンスがやかましい、挨拶がない・・・。利用者は料金を払っている者として当然の権利だと批判し、完璧を求め、より高度なサービスを求める。それができないのは努力が足りないなどとやはり批判をする。いつの間にか安全とサービスのバランスが崩れ、厳しい批判から逃れるためにサービス重視の体質になる。そのためにトップから利益とサービス追求の矢の催促、現場は上から下からの重圧。そりゃ事故も起こる。
いつの間にか、安全が一番のサービスという概念はどこかに吹き飛び、利用者からの批判から逃れるために安全を削っていく。メディアからの批判はもっと怖い。女性コメンテーターの安易なコメントを周りの出演者がそれに同調し、視聴者はもっともだとうなずく。
何度も言う、問題はこういう世の中の体質だ。JRだけの問題ではない。

「非国民」手帖

著者は、「歪」と「鵠」と称するペンネームを持つ人。

非国民手帖

非国民手帖


噂の真相』のコラムを集めたものであるが、なんというか、いろいろな考え方があるんだなというのが正直な感想。常々、いろいろ思う事はたくさんあるが、それらは概ね受け入れながらも何故かという感覚でいつもいる。真っ向から否定する事に抵抗がある。何が正しくて何が悪なのかわからないからだ。裏と表、右と左、どちらも正しい、でも一方から見れば否という。ということで、これはざっーと読み飛ばした本。
装丁がいい。お勧め度:70/100。

【最後に、遅筆堂(tipitu)から切なる願い】
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